春麗の随に
#1更新……2020.6.12.
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#1
深呼吸をすれば、古めかしい匂いが鼻孔をくすぐる。
冷えた空気が体に伝わり、染み込んでいく。
こんなところにいても、君は見つけてくれるのだろうか。
いや、素直になろう、見つけてほしいんだ。
目前の十字架を、すがるように見つめる。
嗚呼、僕の荒々しい心さえも浄化されて、二度と誰かを傷つけないようにしてくれるんだろうか。
ステンドグラスを通って差し込む光。
何処からか流れてくるパイプオルガンの音色。
温もりが恋しくなって、うずくまる。
木製のベンチは軋んだ。
──もし、ここに君が来なくて。
でも、僕が抜け出せて。
それで…再び出逢えたのなら。
僕は微かに揺れる木漏れ日まで、一つ残さず偽りなく伝えられるのだろうか。
二人だけで育ってきたんだ。
君以外の人間なんか知らない。
「だから、一緒にいよう」
そう言ったのに。
なのに、あの時の君は笑いもせず、静かに外を眺めていた。
あの瞬間から僕ら、無意識とはいえ、互いに解っていたのかもしれない。
「──迎えに来たよ」
思わず息が止まる。
恐る恐る振り返ったが、やはり誰もいなかった。
今日何度目かの幻聴だ。
緊張の糸が解けて呆然としている僕を見て、桃色の花びらは窓辺でひらひらと揶揄う。
依存だ、僕は君に依存している。
その事実に少し唇を噛む。
さっきよりも深く呼吸をしていた。
ちょうど物心のついた頃、僕らは互いの気配に困惑していた。
よくよく考えれば、名も知らぬ人間と二人きりなのだ。
この生活に、当たり前なんて欠片もなかった。
だからこそ、あんなに仲良くなれたのかもしれない。
君がここを離れた今も君の気配がして、寝苦しい。
乾いた風に当てられて、自分を知る。
生ぬるい空気を感じて、君を知る。
なのに、なのに、なのに……。
傾きかけた陽光をなぞり、吐息を馴染ませる。
今になっても僕は、君の輪郭を探ることしかできない。
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