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寒天 さん

  
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「私はこの小説だけは鉛筆で書くことにした」。この始まりから、なんとなく大丈夫な気がして読み進めました。実はここのところ韓国映画の暴力やえげつなさ、後味の悪さにちょっとビビっていたからです。小説も然りでした。キム・エランさんの「外は夏」も、繊細な描写とストーリーに、もっと読みたいという気持ちはあったのですが、一話一話心にダメージが大きすぎて、最後まで読み進められずにいたのでした(キム・ヨンスさんと星野智幸さんの配信にゲストで出られた彼女を初めて見て、こんなに洒脱な人だったの?!とびっくりしました)。


そんなわけで、いつ悲劇やスプラッタが起きるのかドキドキしながら読み始めた「ニューヨーク製菓店」でしたが、いつしか、行ったことのない金泉の町で、パンの匂いに包まれながら一緒に育ったような、懐かしくて温かくて、そして限りなく切ない気持ちで読み終わりました。


セーターをほどいては編み直してくれる母。新聞記者の言葉を訂正する著者、息子への手紙に「は」のひと文字を加える父。すべてがあたかも自分の人生の記憶だったように、鮮やかに浮かんで胸を締めつけるのです。なんということでしょう。初めて読んだ作家の最初の一編に、こんなに入り込んで同化できるなんて。「感情移入」とか「共感」というのとはちょっと違う、いつの間にか自分のことのように追体験している気持ち。電車の中で読んでいましたが、涙がハラハラ出てきてびっくりしました。読み終わってから、さらに、生きていないはずの人生を、住んだことのない町を、大切な記憶を、こうやって体験させてくれるなんて、素晴らしいな、と思ってもう一度ポロッと泣きました。


言葉の選び方なのでしょうか、文章の無駄のなさでしょうか。語られていないことにも意味があるような。それだけではもちろんないし、日本語に置き換えてくださった翻訳の方の力量もあるのでしょう。著者の「誠実さ」と「潔さ」、それから「強さ」みたいなものが体温みたいにじわーっと伝わってくる作品です。こかから入ることができてよかった。この機会をくださったことに感謝します。


そして、これから読んでみたいこの方が書かれたたっくさんの人生が目の前に山積みであること、今も書き続けられていること、それからキム・ヨンスさんと同じ時代を生きていることに幸せを感じています。今がとても生きづらい時代だからこそ、余計にです。

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