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山口 雅 さん

  
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韓国文学を読むのは初めてだった。

読んでみたいと思ってはいたものの、実際に本を買って読むところまで行き着かなかったのは、どこから手を付けていいのかよく分からなかったからだと思う。

読書家の知人から「韓国文学は面白い。今『ぼくは幽霊作家です』というのを読んでいる」と聞いたこともあったのに、同じキム・ヨンスという作家の作品であることも結びつけられないまま『ニューヨーク製菓店』を読む機会に恵まれた。

古い喫茶店の隅の席で読み始め、夢中になり、最終的にはちょっと泣いてしまった。本で泣くのは久しぶりで自分でも驚いた。温かく静かなこの物語がとても好きだと思った。最初に出会えたのがこの作品だったことを嬉しく思っている。


母親が経営する「ニューヨーク製菓店」の末っ子として生まれ育った著者による回想記。

決して都会ではないだろう町の店名にニューヨークと名付けるのは不思議だけれど、日本全国どこにもある「銀座商店街」みたいなものかもしれない。グーグルマップで金泉という街を確認したり、コンボパンの形状を調べたりしながら読み進めた。


あんパンやクリームパン、ドーナツ、カステラなど、聞くだけで楽しいパンの名前が多数登場する。製菓店というのはただでさえワクワクする。これがクリーニング屋や鉄工所の話なら、また違うのかもしれない。甘くファンシーな空間が舞台で、それが彼の幼い頃に見た風景。全体にどこか懐かしい甘さが漂う。

でもそんな甘い匂いを連れてくる物語には、随所に苦味を含む断片が忍ばせてあるようにも思う。当時の社会的背景や、子どもには伝わりづらい親の愛情や生活への不安。読んでいて「水槽の後ろの席で人知れずこっそりとパンを食べようとする人たち」のような気持ちに何度もなった。

淡々と、でもどこかユーモラスな筆致で積み重ねられる、彼しか知らないはずの時間は、私だけが知っているあの店や、今は失われてしまったあの風景を思い起こさせた。


彼の物語は、決して彼自身の記憶の全てを受け入れているわけではなかった。かつてあったけれど、今はないもの。記憶の中にだけいる人たち。今後も振り返り振り返り、生きていくしかない未来への後ろめたさ。私と同じだと思った。彼はそれらをひっくるめて自身を肯定していて、同時に私が肯定されていると感じた。私たちはバラバラの存在で、バラバラのまま緩やかにひとつになれるかもしれない。その予感が嬉しくて、私は泣いたのだと思う。

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