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yspeeeee さん

  
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その店を想像する時、暖かくて優しい空気に包まれた場所を想像する。ニューヨーク製菓店。キムヨンス作家が生まれ育ったその場所は、家族の温もりに溢れた場所であっただろう。子供に勇気を出させる手紙を送る父と、大学までは責任を持って出させるよ、と懸命に働く母。そんな両親のもとで愛情をいっぱいに受けて成長していく子供たち。作家自身が語るとおり、そこは"自分"という存在が形成された場所であり、自分がどんな人間かを知りたければ、振り返るべき時代がそこにある。自分が生まれる前からあり、この先もずっと存在し続けるであろうと思っていた場所である。

しかし時代は流れる。時代とともにその場所は変化し、状況が変わり、やがて幕を閉じなければならない現実もある。寂しい気持ちは大きい。だけどその姿は見られなくなっても、その場所で過ごした時間の記憶は心の中にいつまでも存在していて、時々取り出して眺めることができるのだ。その記憶を、灯りを、心の中に持ち続けて生きていけるという事は、時に切なさも込み上げてくるけれど、それでも大事な事なのだと教えてくれる。カステラのキレッパシ、かき氷とあんぱんとクリームパンと牛乳食パン。町の小さなパン屋の素朴な味は思い出の中に。今、食べる事が出来なくなったのは残念だが、どれほど美味しいのかは想像できる。きっと誰しもの心の中にそんなパンが存在するのではないか。

読みながら、映画「ユヨルの音楽アルバム」を思い出した。叔母と姪で切り盛りする温かい町のパン屋。そこにも暖かくて優しい空気と歌手ユヨルがDJをつとめる人気ラジオ番組が流れていた。きっとその場所にも灯りはある。

ちなみに父が手紙の文章に“は”の文字を挿入した事は、ひとつの愛の形だと思う。プレッシャーを軽減させるための愛であろうか。

当たり前でも気づけないことがある。ただ見えるものだけが全部ではないという事実。この世からは無くなっても自分の中には思い出、記憶となってそっくりそのまま存在するという事実。時々取り出しては眺め、また一歩を踏み出すための勇気を貰う。そんな大事なことを教えてくれる暖かい愛の溢れた作品だった。

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