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一緒に芸人に勝とう!~何のためにお笑いをする?~

投稿:ジャルジャルジャル  
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人を笑わせることは立派な公共的事業です!


しかし、建築やIT事業などと比べて、お笑いが社会に直接役立つわけではないことも確かです。

以前、相方募集掲示板で連絡をくださった方に、お笑いのモチベーションを尋ねたら、普段の自分とは違う姿になれることと答えてくれました。

確かに、それはお笑いをやる主要な動機だと思います。普段は正常という皮をかぶって抑えてつけている、暴れん坊な自分を解放したいという衝動。お笑いはロックに通じています。

けど、お笑いはある意味で音楽よりシビアです。客席から笑い声が聞こえてこなければ、そのお笑いは(少なくともその場では)失敗したと即座に評価を下されてしまいます。

また、音楽は大衆受けにこだわる必要がありません。(少なくとも僕はそう思ってます。)パンクロックでもジャズでもクラシックでもヒップホップでも、各ジャンルに精通した愛好家が必ずいるものです。しかし、お笑いは音楽のようにジャンル分けされていません。どんなに強がっても、基本的にはマスにもコアにも受けるお笑いが大正解です。

(とはいえ、数年前に大学の体育の授業で一緒だった人が、「マイナーな音楽をなんで聴くの?」と言っていたので、音楽を人気度により測る人も一定数いるようです。)

所詮お笑いはただの暇つぶしの娯楽に過ぎないのでしょうか。違うと思います。お笑いは、何かしらの形で誰かの心の傷をカバーするもので、マイノリティーの味方ではないでしょうか。ここで言うマイノリティーとは数の問題ではありません。心の持ちようの問題です。

落語家の故・立川談志は落語とは人間の業の肯定だと主張したそうです。私は全く談志に疎いですが、なんか分かる気がします。人間は愚かで駄目でどうしようもない側面を持っています。自覚あり!どんなに取り繕ってもあふれ出てきてしまう情けない部分です。もしかしたら「大人」はそれを否定するかもしれません。けど、人間の澱はいくら否定したところで削除できるはずがないじゃありませんか。お笑いはそれを肯定します。お笑いは何も説教しません。かといって、不道徳を助長・推奨もしません。ただ、肯定するだけです。「人間ってこういう一面あるよな」と優しく表し鋭く問いかけます。それでいて、表面上は道化を演じ笑いにきっかり向き合うのです。

だから、私はお笑いがしたいのです。

連絡先:icebahnspoon@gmail.com


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