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ミッドナイト症候群

投稿:すけろく  
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徹夜明けの足取りは覚束無く、私はいつ側溝やら駅のホームやらに落ちるかという妄想を膨らめて身震いする。踏み出した足に力はまるで入っておらず、自らの身体を支えている地面の質量さえも分からなくなって、自分の存在がひどく曖昧に思えてくる。そんな時に限って周りの女どもは喧しく喚き立て、これっぽっちも興味の無い恋愛やらファッションやら道行く人間の愛らしさを語り合いつつ、折り目のついたマスクから丸く低い鼻を露出させて下品に笑うのだった。散々酷使されて疲れ切った私の網膜に彼女らの鼠色のユニフォームは眩しすぎる。黒髪がぎらぎらとした日射しに透けて薄茶色く変色している。インスタグラムを開いて元同級生の恋愛事情を、機密を盗み出すスパイの如く覗き見ている彼女たちは私とは一つも同じ要素がなくて、それはきっと彼女らが電車の中で騒ぎ立てる白痴を遠目から見つめて笑みをこぼし合うような人間だからであろう。

こうして取り留めのないことを描写していると、眠気が少しは収まってくる。私は彼女たちの中ではいないも同然、なので携帯を狂ったようにスワイプしていても気にされない、というかまず気付かれてすらいない。緑とも青ともいえない微妙な色合いのボックス席を共有しているだけの、友人ですらないただの知人だ。

急に寒くなる。混雑した車内は誰かの吐いた二酸化炭素と目に痛い日光で十分すぎるほど暖まっている筈なのに、ぞわりと背筋が粟立つ。これも、徹夜後にはよくあることだ。

嗚呼、私の知らない話で騒ぎ立てる彼女らの健やかさといったらない! 例えば私の隣にいる彼女が自らの頬に指を這わせた際にむわりと匂い立った、シャンプーと汗の混じり合った香り! 嫌な匂いだった。私のきらいな匂い。

私がどうしようもない吐き気を堪えているというのに、眼前の健やかな少女たちは同性愛者を小馬鹿にして、私が知らない誰かの陰口で盛り上がっていた。まるで洒落た洋菓子を色とりどりの果物で飾り付けるように、或いはとめどなく溢れ出す涙を拭きとるように、また或いは物の善悪も分かっていない子供が虫を踏み潰すかのように、「キモい」と、何処か鬱屈とした湿っぽい響きの言葉を吐き出して彼女たちは可憐に笑った。今日も一日が始まる。

コメント

    すけろくさん: 2021-05-10 18:39:45

    ついに投稿してしまった…おまけにこんな人を選ぶ小説で…はわわ〜!
    徹夜明けの電車の中で、ありのままの光景を描写した小説(どっちかっていうとエッセイ?)です〜

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