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行き先はいつも身の回りの困りごとから

投稿:宮脇愛子  
ウォッチ 1

「農業にどうして興味を持ったの?どうして農業やりたいの?」

特に農業を志す非農家の方なら、よく聞かれる質問ではないでしょうか。私自身、両親は非農家、祖父母は農家のいわゆる「農家の孫」ですが、先程の質問に対して「農家の孫だから」とは答えてはいないです。ただ、祖母のお陰もあり、小さい頃から農に関わり(週末や夏休みなどは祖母の家に泊まり畑で遊びながら野菜の収穫を手伝ったり、斜面に転がる栗を拾う手伝いをしたり)、興味を持つ機会が得られていたのはあるため、「農家の孫だから」も答えの一部であります。(ただ小さい頃は、母親の影響もあり、医療系の職業に就くことを考えていました。)


上の質問に対して、一つに「こうだから」という明快な答えになりませんが、農に携わりたいという思いが強くなっていった経緯を述べてみます。


農家の祖父母の影響があったのは先述の通りですが、もう一方の非農家の亡き祖母の影響もあります。祖母は自分の記憶がはっきりしている頃から、糖尿病を患っていました。糖尿病は怖いもので、進行が進むと、視力が落ちる症状や手足にわずかに怪我をするだけでも、その傷から壊死し得る可能性が高まります。私の祖母も視力がかなり落ち、同時に認知症も患い、一人暮らしが困難な状態になりました。当時、大学受験を控えていた私は、祖母の家に行く機会もかなり少なくなってしまっていました。今でも覚えていることは、行くたびに「久万高原(愛媛の中央部に位置する町)のりんごを食べたい、一緒に食べに行こう」と私に言っていたことです。ただ、りんごはお医者さんからも、また世話する親戚からも食べる許可を得られず、私は「良くなったら、食べに行こう」と言っていましたが、結局叶うことはなかったです。祖母にそのりんごに対してどのような思い出があったのか、最後まで知ることはなかったのですが、それぐらい記憶に残るものであったことは間違いないと思います。祖母の望みというと少し重たいのかもしれませんが、そのぐらいの存在に”りんご”がなっていました。そういった存在を生み出す農家を強く尊敬するようになったのもこの頃かと思います。


その後、糖尿病を患っていた祖母のこともあり、大学を選ぶ際、”希少糖”という、自然界にわずかに存在(希少)し、食べても0cal、血糖値の上昇を抑制するという糖を精製、研究している香川大学農学部を選びました。そこで希少糖に関して研究したいと思っていました。大学生活を過ごしていた時、知人がうつ病、家を出られなくなることがありました。私の父親も、自分が物心ついた頃から、うつ病を患い服薬しながら生活していたため、知人が父親に重なることもあり、自分に何ができるのかと頭を悩ませる時期がありました。大学生当時、大学の農場実習やサークル活動として棚田の保全活動、大学の圃場で野菜栽培をする農業サークルに携わってました。そのため悩む時期も、農作業を行う機会、綺麗な棚田を見ることができる機会があり、自分自身、そういった所で農作業すると幾分か気持ちが楽になるような気がすると感じていました。大学院で園芸福祉や園芸療法を学ぶ専攻に所属していますが、この経験がそれを志した原体験だったように思います。偶然にもその頃、とあるテレビ番組で園芸療法を紹介する番組を見、園芸作業が鬱々とした気分やストレスが緩和する効果を持つということに大変興味を持ちました。将来、自身の農業の中でそういった活動をしたいと思いました。より農に携わりたい、農を通じた園芸福祉(または療法)的活動がしたいと思うようになりました。


以上のような経緯で、農に興味を持ち、農に携わりたいと強く思うようになりました。自分の(将来へ)向かう行き先は、少しずつ変わってきましたが、いつも家族・知人の困りごとをどうかしたいと思うことがきっかけだったように思います。また(自分の中では)幸いにも、”農”を軸に関われることばかりでした。今後、少しずつその思いや行いたい活動内容を言語化できるよう、この場を使わせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

コメント

    矢本 さん: 2021-03-03 01:58:00

    周囲の困りごとを、困りごと・他人事で終わらせない姿勢。とても素晴らしいと思います!農は食という面だけでなく、精神的なところを含め、人の生活の在り方に通じていたりとても奥が深い分野と感じます。身の回りの出来事は、実は皆が悩んでいたことである可能性は多分にあるので、見つけたこと・解決方法などぜひ共有ください!種まきなくして収穫なし!