お寺で出会うお父さん

ゆうや
2024/2/14
2024/2/14

あるお寺で行われる「お寺カレー」

僕の住む町ではお寺で近所の人が集い、カレーを食べる「お寺カレー」がある。その場所は、お寺の奥さんを中心に民生委員さん、おせっかいおばちゃんなどが運営してしている。僕もそんなお寺カレーの一員。今日はそんなお寺カレーで出会ったおばあちゃんを紹介する。


私のお父さんを知らんか?

お寺カレー常連のおばあちゃん。物忘れやお金の計算は苦手。でもお寺カレーの日は覚えている。近所のお友達も迎えに行ってくれるのでお寺カレーを忘れたことはない。いつも受付でお金を支払い、本堂に用意された所定の席に友人と座る。しばらくしてカレーが届き、友人と食べる。いつも笑顔で満足していただける。そんな姿がまた来月もカレーを作りたいと思わせてくれる。

しばらくすると、おばあちゃんは壁に飾ってある写真を見て何かを探す。

あえて、いつものこととは言わない。「どうしたの?」と聞くと「私のお父さんを知らんか?」と尋ねてくる。壁にはこの地域で出兵した若者の写真が並んでいる。その中におばあちゃんのお父さんはいるのだ。皆んなで探したから、僕は場所を知っている。スタッフのみんなも常連のみんなも知ってる。でもみんな、おばあちゃんと一緒に写真を探す。


3歳で別れたお父さん

おばあちゃんは3歳でお父さんと別れた。きっと戦地で幼い娘と妻のことを想いながら亡くなったのだと思う。「顔も覚えてないんだけどね」と言いながら、写真の中のお父さんと毎月再会する。いつも同じエピソードを本当に嬉しそうに話してくれる。別れて80年が経っても毎月出会い直すことができる。


認知症は大切な人への感情を奪えない

認知症になればできないことは増える。忘れることも増える。でもこうやって大切なことを周りの皆んなで分かちあうことができれば認知症になっても良いと思えてくる。いつまでもおばあちゃんの大切なことを分かち合える時間を守りたい。



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